interview
『キャプテン翼』は今読むべき一作だ――又吉直樹が語る、45年たっても熱くなれる理由【サッカー、人生、創作の原点】
又吉直樹 (お笑い芸人)
1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人、作家。2003年お笑いコンビ「ピース」結成、ボケ担当。2015年『火花』で芥川賞受賞。同作は累計発行部数350万部以上のベストセラーとなる。主な著作に『劇場』『人間』『生きとるわ』など。
小学生の頃に出会って以来、又吉直樹さんにとって『キャプテン翼』は折に触れて思い返す作品であり続けてきた。連載45周年を迎えた今、出会いの記憶、心に残るキャラクター、そして年月を経たからこそ見えてくる作品の魅力まで、「私と『キャプテン翼』の45年」を語ってもらった。
Q.最初に『キャプテン翼』に触れたのはいつ頃で、どんな出会い方でしたか。
小学校1年生か2年生くらいでした。最初は近所のバーガーショップみたいなところに単行本が置いてあって、それを読んだのが出会いでした。そこから自分でも欲しくなって、買い始めました。その頃はまだサッカーはしていなかったんですけど、小学校3年生から始めて、そこからさらにハマっていきました。漫画として好きになるのと、実際に自分がサッカーをやり始めるのとが重なって、『キャプテン翼』がより特別な存在になっていきました。
Q.子どもの頃の又吉さんにとって、『キャプテン翼』はどんな作品でしたか。
本当に特別な作品でした。生活の中に完全に入り込んでいたというか、『キャプテン翼』の哲学みたいなものが、そのまま自分のサッカーのやり方になっていました。たとえばロベルト本郷や翼くんが言う「ボールは友だち」という感覚も、そのまま信じていました。サッカーボールを買ってもらった時は布団の中に持って入っていたくらいですし、どこに行くにもボールを持ち歩いていました。ずっとボールに触っておくという感覚は、間違いなく翼くんの影響です。もし『キャプテン翼』がなかったら、ボールとの距離感は全然違っていたかもしれませんね。
Q.特に印象に残っている試合や場面はありますか。
いっぱいあるんですけど、一番印象に残っているのは西ドイツ戦ですね。あの試合はとても強く記憶に残っています。それと、作品の影響って本当に日常の中まで入ってきていて、僕が大阪でサッカーをやっていた頃は、強いキックのことをみんな普通に「ファイヤー (*¹)」って言っていたんです。試合中の真面目な指示でも「ファイヤー」って言っていたくらいで、それくらい『キャプテン翼』をみんなが吸収していました。
個人的には松山くんもすごく好きで、松山くんが一人でボールをキープしているシーンとか、「雪国やから足腰が強い」みたいな描写にはすごくグッときていました。
(*¹)『キャプテン翼』に登場する西ドイツ代表FW、カール・ハインツ・シュナイダーの必殺シュート「ファイヤーショット」に由来。
Q.ご友人と『キャプテン翼』の話で盛り上がった思い出はありますか。
ありましたね。自分が『キャプテン翼』の中で言うと誰なのか、みたいな話はよくしていました。
僕自身は、岬くん、三杉くんみたいなテクニシャンに憧れていたんですけど、実際のプレースタイルは石崎くんタイプやったかなと。テクニックで勝負するというより、それ以外の部分で頑張る感じでした。だからこそ、そういう選手が活躍するのを見るのも好きでしたね。憧れる選手と、実際に自分に近い選手が違うというのも、『キャプテン翼』を読む面白さのひとつでした。
Q.ご自身の45年と『キャプテン翼』を重ねて振り返ると、どんなことを感じますか。
すごく不思議な感じですね。僕が子どもの頃は、日本はまだワールドカップに出たことがなかったので、世界と戦うということ自体が現実のものとしてはまだ遠かった。でも『キャプテン翼』の中では、日本が世界のチームと戦っていた。その熱狂があったんです。誰かがそういうイメージを持たないと、今みたいな日本サッカーの発展はなかったんじゃないかと思います。当時は「日本はサッカー弱い」「世界では無理や」みたいな空気もあった中で、先に「戦える姿」を描いてくれた。その影響はすごく大きいですね。それは自分の人生にも通じています。芸人になるとか、本を書くとか、何かを発表するとか、そういうことに対して「どうせ無理やろ」と思わなくなった。もちろん最悪のケースは考えるんですけど、それでも勝ちに行くというか、前向きなイメージを持って準備する感覚は、『キャプテン翼』からもらったものやと思います。
Q.子どもの頃に読んでいた時と、大人になった今とで、見え方に変化はありましたか。
変わりましたね。子どもの頃は全部をそのまま真剣に受け止めていましたけど、大人になると、コーナーキックでゴールポストの上に選手がいたりするような場面は、「これはファンタジーやったな」と思って読めるようになります。でも、それが逆に面白いんですよね。リアルなサッカー漫画でありながら、そこを飛び越えていく面白さがある。若島津くんの三角飛びとかもそうですし、若林くんと若島津くんみたいな、とんでもないキーパーが二人いるのもいい。特にキーパーをちゃんとかっこよく描いているところはすごいなと。当時の日本では、キーパーって今ほど花形のポジションではなかった気がするので、そこも『キャプテン翼』のすごさやと感じますね。
Q.45年続いてきた作品だからこその特別さは、どんな点にあると思いますか。
やっぱり、キャラクターそれぞれにちゃんとファンがいることですね。翼くんだけじゃなくて、他のキャラクターそれぞれに魅力がある。
自分を大空翼やとは思えない少年でも、石崎くんには気持ちを重ねられるわけじゃないですか。そういうふうに、いろんな立場や境遇のキャラクターがいて、それぞれに感情移入できる。その広さがあるから、長く愛されているんやと。主人公だけが強い作品ではなくて、周りの人物がみんな生きているというのが大きいですよね。
Q.特に好きな、心ひかれる必殺技はなんですか。
翼くんと岬くんのワンツーはやっぱりめちゃくちゃ好きです。必殺技だと、日向くんのタイガーショット、松山くんのイーグルショットなんかも印象に残っています。でも、石崎くんの顔面ブロックも好きなんですよ。実際、自分でもそれに近いことをしたことがあって、中学2年の時にサイドバックで出た試合で、相手にかわされてクロスを上げられそうになった瞬間、顔面からいったことがあります。自分でもできる可能性があるとしたら、顔面ブロックくらいやなと思っていました。
Q.『キャプテン翼』の登場人物の中で、ご自身と重なる部分を感じる人物はいますか。
完全にこの人、というのはいないんですけど、ボールをずっと触っていた時間で言えば翼くんに近いところがあるし、ハングリー精神みたいなものは日向くんに近いかもしれません。僕はあまり裕福な家庭じゃなかったので、サッカーを始めた時も自分のボールがなくて、学校の体育倉庫のボールを借りて練習していました。みんながスパイクを履いている中で、僕は普通の運動靴でやっていた時期もあったので、そういう環境の中でやっていた感覚は、日向くんの持っているものと少し近い気がします。ただ、プレースタイルで言えばやっぱり石崎くんなんですよね。だから、マインドは日向くん、ボールに触れていた時間は翼くん、プレースタイルは石崎くん、という感じかもしれません。
Q.『キャプテン翼』から影響を受けた考え方や、表現活動につながっている部分はありますか。
ありますね。ひとつは、対戦相手を魅力的に描くことです。『キャプテン翼』って、ライバルや敵チームが本当に強くて魅力的なんですよ。「こんなん勝てるんか」と思わせてくれる。都合よく負けるための相手じゃない。だから物語として面白いし、勝負にも意味が出る。自分が小説を書く時も、主人公と違う考えを持っている人物をちゃんと強く描けるかどうかはすごく大事やと思っています。もうひとつ大きいのは、時間をかけることの大切さです。翼くんはずっとボールを触っている。天才やから触っていたのか、触り続けたからあそこまで行ったのかは分からないですけど、自分より能力の高い人に勝つには、時間をかけるしかないという感覚を、僕はサッカーから学びました。芸人になってからも、人より多くネタを書くとか、本を書くなら人よりたくさん読むとか、苦手な部分があればそこを強化するとか、そういうやり方は全部"サッカーメソッド"なんです。その根本には、やっぱり『キャプテン翼』がありますね。
Q.『キャプテン翼』らしさのひとつである「仲間と勝つこと」について、共感する部分はありますか。
そこは本来すごく大事なところやと思うんですけど、正直に言うと、子どもの頃の僕はそこをうまく学べていなかったんです。中学の時、僕はサッカーにすごく真面目やった分、自分にも厳しいし、それと同じことを周りにも求めてしまっていた。だからチームの中でかなり孤立していました。自分だけが頑張っている、だからフリーキックもPKも自分が蹴るべきや、みたいな考えになっていた時期があったんです。でもある時、先生に「自分に厳しいのはええけど、同じことを人に求めるな」と言われて、そこで初めて気づきました。自分はやり方を間違っていたんやと。それで一人ひとりに謝ったんです。『キャプテン翼』には、みんなで気持ちをひとつにして戦うことの大切さがちゃんと描かれていたのに、自分はそこを読めていなかった。だからこそ、後になって余計にその大事さを感じましたね。
Q.連載 45周年を迎えた『キャプテン翼』に、そして読者に、どんな言葉を送りたいですか。
まず作品に対しては、できるだけ長く続いてほしい、ということですね。僕が生まれて、サッカーをやる時に、すでに『キャプテン翼』があったのは本当に大きかった。今も続いているからこそ、新しい読者が最初から読んでみようと思えるし、これからサッカーを始める人にも、僕が受けたのと同じくらい大きな影響を与える作品やと思います。だから感謝ですね。読者の方に対しては、サッカー好きに限らず読んでほしいです。サッカーをやったことがない人でも面白いし、何かに熱中する人の気持ちや、勝つためにどれだけの準備が必要かという厳しさも描かれている。創作や表現の仕事をしている人にも、きっと学べることがあるはず。アスリートが結果を出す工程と、創作者が作品を世に出す工程は、驚くほど似ているので。
Q.2026年の今、『キャプテン翼』を読む面白さをひと言で表すとしたら。
「サッカーの面白さがわかる漫画」ですね。世界で一番見られているスポーツであるサッカーの、その面白い部分をものすごく濃い形で凝縮している作品ですよね。だから、なんでみんながそんなにサッカーに夢中になるのか、その理由がわかる。サッカーが好きな人はもちろん、そうじゃない人にも届く作品でしょうし、連載開始から45年たった今読んでも、ちゃんと熱くなれるのがすごいところですね。
又吉直樹さんの言葉から見えてきたのは、『キャプテン翼』がただ懐かしい名作なのではなく、今読んでもなお新しく熱くなれる作品だということだった。少年時代に「ボールは友だち」という感覚を身体で受け取り、その後は努力の積み重ね方や、表現に向き合う姿勢にまで影響を受けてきた。だから『キャプテン翼』は、かつて読んだ人があらためて読み返す価値があるのはもちろん、まだ読んだことのない人にとっても、今こそ手に取りたい一作なのかもしれない。
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